杉田智和 - 檸檬

作品：檸檬

作者：梶井 基次郎

朗读声优：杉田智和

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いったい私はあの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈たけの詰まった紡錘形の恰好かっこうも。結局私はそれを一つだけ買うことにした。それからの私はどこへどう歩いたのだろう。私は長い間街を歩いていた。始終私の心を圧えつけていた不吉な塊がそれを握った瞬間からいくらか弛ゆるんで来たとみえて、私は街の上で非常に幸福であった。あんなに執拗しつこかった憂鬱が、そんなものの一顆いっかで紛らされるあるいは不審なことが、逆説的なほんとうであった。それにしても心というやつはなんという不可思議なやつだろう。その檸檬の冷たさはたとえようもなくよかった。その頃私は肺尖はいせんを悪くしていていつも身体に熱が出た。事実友達の誰彼だれかれに私の熱を見せびらかすために手の握り合いなどをしてみるのだが、私の掌が誰のよりも熱かった。その熱い故せいだったのだろう、握っている掌から身内に浸み透ってゆくようなその冷たさは快いものだった。私は何度も何度もその果実を鼻に持っていっては嗅かいでみた。それの産地だというカリフォルニヤが想像に上って来る。漢文で習った「売柑者之言」の中に書いてあった「鼻を撲うつ」という言葉が断きれぎれに浮かんで来る。そしてふかぶかと胸一杯に匂やかな空気を吸い込めば、ついぞ胸一杯に呼吸したことのなかった私の身体や顔には温い血のほとぼりが昇って来てなんだか身内に元気が目覚めて来たのだった。実際あんな単純な冷覚や触覚や嗅覚や視覚が、ずっと昔からこればかり探していたのだと言いたくなったほど私にしっくりしたなんて私は不思議に思えるそれがあの頃のことなんだから。私はもう往来を軽やかな昂奮に弾んで、一種誇りかな気持さえ感じながら、美的装束をして街を闊歩かっぽした詩人のことなど思い浮かべては歩いていた。汚れた手拭の上へ載せてみたりマントの上へあてがってみたりして色の反映を量はかったり、またこんなことを思ったり、つまりはこの重さなんだな。その重さこそ常つねづね尋ねあぐんでいたもので、疑いもなくこの重さはすべての善いものすべての美しいものを重量に換算して来た重さであるとか、思いあがった諧謔心かいぎゃくしんからそんな馬鹿げたことを考えてみたりなにがさて私は幸福だったのだ。

我大略是喜欢那柠檬的。无论彷如将柠檬黄的颜料从管子里挤出后凝固而成的那单纯的色彩，或者那矮尺寸的纺锤形造型最终我决定买它一只。后来的我又是怎样走过了哪里？我在街头走了很长时间。始终压抑我心头的那团不吉利的窒塞，从我的手握住柠檬的那一瞬间起，看起来多少有些疏散，我站在街头，感到非常之幸福。曾是那样执拗的忧郁，被那样的一颗东西驱散或谓可疑之事便是反论性的真实。说到底，心这东西是何等不可思议啊！那只柠檬冰凉，冰得妙不可言。那时的我肺尖害病，身体总在发烧。其实也曾尝试握住这个那个朋友的手来夸示我发烧的事，而我的手掌比谁的都烫。也许正是那滚烫的缘故，由握着的掌心向体内渗透的那种冰，是令人心旷神怡的。我好几次 好几次频频将那果实拿至鼻前嗅闻，其产地的加利福尼亚。我想象着那地方汉文课上学的《卖柑者言》所写“扑鼻”一词，断断续续浮现脑际。若再深深吸入，一口馥郁芳香的空气使其充盈肺腑，温热的血液就会趁着余势，通达从未深呼吸至充盈肺腑的我的身体和脸庞。其实，那样单纯的冰凉、触感、气味、外形，是那样地契合于我，直想说这就是我过去长久以来一直在找寻的东西。我感到不可思议——因为那是发生在那时候的事。我心雀跃，伴随着一股轻松的兴奋走在街头，感觉着一种甚至是夸耀的心绪，脑海里回想着一个身着亮丽礼服、在街头昂首阔步的诗人的模样的走着。我时而将它放在脏污的手巾中，时而将它紧贴在斗篷上，以测试其色泽的反射，还这样想道：“原来就是这重量啊！”这重量正是我素日里寻腻了的东西；没有错的这重量是天下所有尽善尽美的造物按分量换算而成的重量—狂妄的戏谑心竟促使我想到如此愚蠢可笑之事无论如何，我感到很幸福。