夏目漱石ーこころー中ー17

2016-06-02 20:45:2305:42 3539
声音简介
その日は病人の出来がことに悪いように見えた。私わたくし 厠かわや へ行こうとして席を立った時、廊下で行き合った兄は「どこへ行く」と番兵のような口調で誰何すいか した。
「どうも様子が少し変だからなるべく傍そば にいるようにしなくっちゃいけないよ」と注意した。
 私もそう思っていた。懐中かいちゅう した手紙はそのままにしてまた病室へ帰った。父は眼を開けて、そこに並んでいる人の名前を母に尋ねた。母があれは誰、これは誰と一々説明してやると、父はそのたびに首肯うなず いた。首肯かない時は、母が声を張りあげて、何々さんです、分りましたかと念を押した。
「どうも色々お世話になります」
 父はこういった。そうしてまた昏睡状態に陥った。枕辺まくらべ を取り巻いている人は無言のまましばらく病人の様子を見詰めていた。やがてその中うち の一人が立って次の間ま へ出た。するとまた一人立った。私も三人目にとうとう席を外はず して、自分の室へや へ来た。私には先刻さっき懐ふところ へ入れた郵便物の中を開けて見ようという目的があった。それは病人の枕元でも容易にできる所作しょさ には違いなかった。しかし書かれたものの分量があまりに多過ぎるので、一息ひといき にそこで読み通す訳には行かなかった。私は特別の時間を偸ぬす んでそれに充あ てた。
 私は繊維の強い包み紙を引き掻くように裂さ き破った。中から出たものは、縦横たてよこ に引いた罫けい の中へ行儀よく書いた原稿様よう のものであった。そうして封じる便宜のために、四よ 折おり 畳たた まれてあった。私は癖のついた西洋紙を、逆に折り返して読みやすいように平たくした。
 私の心はこの多量の紙と印気インキ が、私に何事を語るのだろうかと思って驚いた。私は同時に病室の事が気にかかった。私がこのかきものを読み始めて、読み終らない前に、父はきっとどうかなる、少なくとも、私は兄からか母からか、それでなければ伯父おじ からか、呼ばれるに極きま っているという予覚よかく があった。私は落ち付いて先生の書いたものを読む気になれなかった。私はそわそわしながらただ最初の一頁ページ を読んだ。その頁は下しも のように綴つづ られていた。
「あなたから過去を問いただされた時、答える事のできなかった勇気のない私は、今あなたの前に、それを明白に物語る自由を得たと信じます。しかしその自由はあなたの上京を待っているうちにはまた失われてしまう世間的の自由に過ぎないのであります。したがって、それを利用できる時に利用しなければ、私の過去をあなたの頭に間接の経験として教えて上げる機会を永久に逸いっ するようになります。そうすると、あの時あれほど堅く約束した言葉がまるで嘘うそ になります。私はやむを得ず、口でいうべきところを、筆で申し上げる事にしました」
 私はそこまで読んで、始めてこの長いものが何のために書かれたのか、その理由を明らかに知る事ができた。私の衣食の口、そんなものについて先生が手紙を寄こす気遣きづか いはないと、私は初手から信じていた。しかし筆を執と ることの嫌いな先生が、どうしてあの事件をこう長く書いて、私に見せる気になったのだろう。先生はなぜ私の上京するまで待っていられないだろう。
「自由が来たから話す。しかしその自由はまた永久に失われなければならない」
 私は心のうちでこう繰り返しながら、その意味を知るに苦しんだ。私は突然不安に襲われた。私はつづいて後あと を読もうとした。その時病室の方から、私を呼ぶ大きな兄の声が聞こえた。私はまた驚いて立ち上った。廊下を馳か け抜けるようにしてみんなのいる方へ行った。私はいよいよ父の上に最後の瞬間が来たのだと覚悟した。

用户评论

表情0/300

听友53191369

很棒,希望能听到更多的名著作品

日语洛多库 回复 @听友53191369

谢谢支持!

猜你喜欢
夏目漱石

夏目漱石在日本近代文学史上享有很高的地位,被称为"国民大作家"。他对东西方的文化均有很高造诣,既是英文学者,又精擅俳句、汉诗和书法。写小说时他擅长运用对句、迭句...

by:快雪漫谈

夏目漱石·心

《心》是夏目漱石晚期三部曲《春分之后》、《行人》、《心》中的最后一部。讲述青年学生“我”偶然认识了厌世的先生,成为忘年之交。先生自杀前,写给“我”一封信,解释他...

by:枕边文史馆

我是猫‖夏目漱石

《我是猫》是日本文学大师夏目漱石的代表作,向被奉为世界名著之一。小说通过猫的视觉观察明治维新后的日本社会,以幽默辛辣的语言,嘲笑和鞭挞了人类固有的弱点和金钱世界...

by:涛声听剧

我是猫-夏目漱石

识读能力和重音练习,很小的时候就有印象的一本书,想着读却一直没机会读的一本书。经典小说,主角是只不会抓老鼠的猫,有着自己的思想,是一只喜欢思考的猫,每天都在思考...

by:yoki_lpb

夏目漱石-坊ちゃん

「坊ちゃん」在国内被译为《哥儿》或《少爷》,是夏目漱石所著的中篇小说,著于明治39年(即西历1906年)。《哥儿》通过一个不谙世故、坦率正直的鲁莽哥儿踏入社会后...

by:三上步的外国语教室

夏目漱石·我是猫

《我是猫》是夏目漱石的代表作。小说以一只猫的视角,观察并评述身为中学教师的主人苦沙弥和他的朋友们的日常生活。小说中的猫语言幽默机智,妙语连珠,作者借其口嘲笑了明...

by:枕边文史馆

《我是猫》夏目漱石

夏目漱石我是猫《我是猫》是日本作家夏目漱石创作的长篇小说,也是其代表作。这部作品写于1904年至1906年9月,1905年1月起在《杜鹃》杂志上连载,后编成...

by:NJ沐思

《我是猫》夏目漱石

被鲁迅先生誉为“当世无匹”的经典文学名著《我是猫》,作者夏目漱石主人公苦沙弥君和一只一辈子都没有学会捕鼠的猫三位一体。抽离出来看世界,“满纸荒唐言,一把辛酸泪。...

by:静雅悦读

门 | 夏目漱石

《门》是夏目漱石反自然主义的代表作品之一。小说男主人公野中宗助和朋友妻阿米相爱结合,招致社会唾弃。他们隐居在不见阳光的房子里,一方面品尝着真诚相契的甜蜜,一方面...

by:大道至简_Kc