裏窓の風景
音羽の護国寺の前から目白のほうへ広い通りが延びている。昔、この近くに下宿していた頃、ここには都電が通るはずだったのに、何かの都合で実現しないのだという話を聞いた覚えがある。広々として気持ちのよい道だ。
それに天気も申し分がない。歩いているうちに、口笛でも吹きたいような気分に誘い込まれる。
少し歩くと、左手が日本女子大学で、塀の内側にある物置の屋根に女子大学生らしい人が竹竿を持って登っている。
何をしているだろうと思って上を見て、思わず息を飲んだ。打ち上げ花火が空いっぱいに傘を開いた時のように、枝もたわわに柿がなっている。
歩道にもう一人女子学生がいて、手にいっぱい柿を持っていた。
そこへ通りすがりの二人連れの男の学生がやってきて、そのうちの一人が屋根の上の女子学生に向かって、冗談半分に、僕にもくれませんかと言った。どうするかなと見ていると、彼女は「ええ、いいわ。」と答えて柿をたたいた。歩道に落ち転げた柿を二つか三つ、下にいた女子学生が拾うと、その男子学生へ差し出した。
男は、「本当にいただいても、いいんですか。」と、むしろ少し慌てている。女子学生は落ち着いて、「ええ、どうぞ。」と言ったらしかった。もう一人の仲間の男が、「あれっ、うまくやってるな。そんならぼくにもくださいよ。」と言っている。結局、二人とも柿をもらって、大きな声でありがとうを言うと、そこを立ち去った。
二人の後ろ姿が明るく笑っているようであった。
ほんの一、二分のやりとりであったであろうが、いかにも屈託のない若い人たちの闊達さがさわやかであった。こちらもいつの間にか口元が緩んでいた。
夕方帰って、疲れたからソファーに横になって、ぼんやり天井を眺めていると、昼見た柿の花火がまた傘を開いた。食後散歩していると、よく晴れた空の星の光が少し赤みを帯びていると思ったら、再び女子大の柿の木が現れた。
歩くにつれて、その柿も少しずつ後ずさりする。
次の週も同じところを通った。竿が届かなかったのか、柿はまだたくさん残ったままであった。今日もよい天気だが、さすがに少し紅の色が濃くにぶくなったようである。今日は屋根の上に誰もいない。もちろん、柿をくれと言う男子学生もいない。なんだか少しがっかりして、足早にそこを通り過ぎた。
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