玉虫のおばさん

2021-04-12 22:11:5009:48 38
所属专辑:日语美文听力
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玉虫のおばさん     小川未明

 ある日(ひ)、春子(はるこ)さんが、久代(ひさよ)さんの家(うち)へ遊(あそ)びにまいりますと、
「ねえ、春子(はるこ)さん、きれいなものを見(み)せてあげましょうか。」と、いって、久代(ひさよ)さんは、ひきだしの中(なか)から、小(ちい)さなきりの箱(はこ)を取(と)り出(だ)しました。
「この中(なか)に、なにが入(はい)っているか、あててごらんなさい。」と、笑(わら)いながら、いいました。
 春子(はるこ)さんは、なんだろうと思(おも)いました。いくら頭(あたま)をかしげてもわかりません。
「わからないわ。」
「きれいなものよ。」と、久代(ひさよ)さんは、にっこりしました。
「指輪(ゆびわ)でしょう。」と、春子(はるこ)さんは、答(こた)えました。
「いいえ、そんなものでないの。」
「じゃ、なんでしょう。宝石(ほうせき)?」
「宝石(ほうせき)より、もっときれいなものよ。」
「もっときれいなもの……わからないから教(おし)えてよ。」と、春子(はるこ)さんは、まったく、見当(けんとう)がつきませんでした。
「虫(むし)よ。」
「まあ、虫(むし)? ああ、わかったわ。ちょうでしょう。」
 春子(はるこ)さんは、宝石(ほうせき)より美(うつく)しいものは、ほかにはない。どうしても、ちょうであるとしか考(かんが)えられませんでした。
「いいえ、ちがうのよ。」
「もう、私(わたし)、わからないわ。早(はや)く見(み)せてよ。」と、春子(はるこ)さんは、せがみました。
「玉虫(たまむし)よ。ほらごらんなさい。」と、その小(ちい)さな箱(はこ)を久代(ひさよ)さんは、春子(はるこ)さんの手(て)に渡(わた)しました。春子(はるこ)さんが、受(う)け取(と)ってみると、それは、美(うつく)しい、紅(べに)ざらを見(み)るように、濃(こ)い紫(むらさき)のぴかぴかとした羽(はね)を持(も)った玉虫(たまむし)の死骸(しがい)でありました。
「まあ、玉虫(たまむし)って、こんなにきれいなもの?」と、はじめて、玉虫(たまむし)を見(み)た春子(はるこ)さんは、それに見(み)とれていました。
「ええ、そうよ。黄金虫(こがねむし)だから、たんすに入(い)れてしまっておくと、縁起(えんぎ)がいいと、お母(かあ)さんがおっしゃってよ。」と、久代(ひさよ)さんがいいました。
 春子(はるこ)さんは、そのとき見(み)せてもらった、玉虫(たまむし)の美(うつく)しさをお家(うち)へ帰(かえ)っても、忘(わす)れることができませんでした。
「誠(まこと)さん、玉虫(たまむし)を見(み)たことがあって?」と、春子(はるこ)さんは、弟(おとうと)の誠(まこと)さんに、ききました。毎日(まいにち)ちょうや、とんぼを捕(と)りに歩(ある)いているので、虫(むし)のことなら、あるいは、知(し)っているかもしれないと思(おも)われたからです。
「ああ知(し)ってるよ。今度(こんど)捕(つか)まえたら姉(ねえ)さんに持(も)ってきてあげようか。」と、誠(まこと)さんはいいました。
「どこに、玉虫(たまむし)はいるの?」と、春子(はるこ)さんは、ききました。
「それは、めったにいないけれど見(み)つけたら、持(も)ってきてあげようね。」と、誠(まこと)さんは、答(こた)えました。
 春子(はるこ)さんは、どんなにそれが楽(たの)しみだったかしれません。そうしたら、久代(ひさよ)さんに、自分(じぶん)のを見(み)せてあげようと思(おも)いました。春子(はるこ)さんは、やさしい性質(たち)でありました。誠(まこと)さんが捨(す)てたとんぼや、せみが、もちで羽(はね)がきかなくなって、飛(と)んでいけずに庭(にわ)の地面(じめん)に落(お)ちていると、春子(はるこ)さんが見(み)つけて、すぐに、げたをはいて庭(にわ)へ出(で)て、それを拾(ひろ)い上(あ)げました。
「まあ、かわいそうに、なんて誠(まこと)さんは、乱暴(らんぼう)なことをするのでしょう。いま私(わたし)がもちを取(と)ってあげてよ。」と、いって、奥(おく)から揮発油(きはつゆ)を綿(わた)にしませてきて、丁寧(ていねい)に羽(はね)をふいてやりました。そして、それを夕空(ゆうぞら)へ放(はな)してやると、とんぼや、せみはさもうれしそうに、お礼(れい)をいって、飛(と)んでいくように見(み)えたのであります。
「ああ、いいことをした。」と、これを見(み)て喜(よろこ)ぶ、やさしい春子(はるこ)さんでありました。
 弟(おとうと)の誠(まこと)さんは、あいかわらずもちざおを持(も)って、学校(がっこう)から帰(かえ)ると近(ちか)くの松(まつ)の木(き)のある丘(おか)へ遊(あそ)びにゆきました。早(はや)くも秋(あき)がきて、そこには、いろいろの草(くさ)や花(はな)が咲(さ)きました。そして、ひところのように、せみの声(こえ)はしなくなったけれど、やんまや、かぶと虫(むし)がいたからであります。
 松(まつ)にまじって生(は)えている雑木(ぞうき)をたずねて歩(ある)いていると、一本(ぽん)のかしわの木(き)があって、そこにかぶと虫(むし)の止(と)まっている黒(くろ)い脊中(せなか)が見(み)られました。
「あ、いる。」と、誠(まこと)さんは、その木(き)の下(した)に立(た)って見上(みあ)げました。そこには、かぶと虫(むし)のほかに、さいかちがいたし、また大(おお)きなありが動(うご)いていたし、しかもすこしはなれたところに、姉(ねえ)さんの欲(ほ)しがっていた玉虫(たまむし)がとまっていて、それらを護衛(ごえい)するように、すずめばちが、怖(おそ)ろしい目(め)をして、あたりをきょろきょろながめていたのです。年老(としと)って、腰(こし)の曲(ま)がったかしわの木(き)は、これらの虫(むし)たちに皮(かわ)を傷(きず)つけられて、甘(あま)い液(えき)を吸(す)われているのを苦痛(くつう)に感(かん)ずるのでありましょうが、どうすることもできずにいました。誠(まこと)さんは、棒(ぼう)でかぶと虫(むし)と玉虫(たまむし)を下(した)へ落(お)とすと、あわてて口笛(くちぶえ)を吹(ふ)きながら、体(からだ)をすくめて、飛(と)んできたはちの攻撃(こうげき)を避(さ)けようとしました。やがて、はちはまた木(き)へもどりました。そこで、誠(まこと)さんは、二匹(ひき)の虫(むし)を拾(ひろ)うと大急(おおいそ)ぎで家(うち)へ帰(かえ)ってきました。
「姉(ねえ)さん、玉虫(たまむし)を捕(つか)まえてきたよ。僕(ぼく)、揮発油(きはつゆ)をつけて、殺(ころ)してやろうか?」と、誠(まこと)さんは、いいました。これをきくと、春子(はるこ)さんは、
「待(ま)っていらっしゃい。」と、いって、急(いそ)いで、出(で)てきました。
「きれいな虫(むし)なのね、久代(ひさよ)さんところで見(み)たのより、よっぽど美(うつく)しいわ。」
「それは、こっちが生(い)きているからだよ。」と、誠(まこと)さんが、いいました。
「そうかしらん、殺(ころ)すのはかわいそうね。」
「僕(ぼく)、殺(ころ)してあげようか。」
「生(い)かして、飼(か)っておかない?」
「ああ、そうしようか。はちみつをやるといいのだよ。砂糖(さとう)でもいいかもしれない。」誠(まこと)さんは、石鹸(せっけん)の入(はい)っていた、ボール箱(ばこ)に穴(あな)を明(あ)けて、その中(なか)へかぶと虫(むし)と玉虫(たまむし)を入(い)れておきました。誠(まこと)さんの留守(るす)に、春子(はるこ)さんは、一人(ひとり)でかぶと虫(むし)と玉虫(たまむし)とが、箱(はこ)の中(なか)でもだえているのをながめていましたが、誠(まこと)さんが帰(かえ)ると無理(むり)にすすめて、二匹(ひき)の虫(むし)を原(はら)っぱへ逃(に)がしてやりました。
 ある晩(ばん)のことです。春子(はるこ)さんは不思議(ふしぎ)な夢(ゆめ)を見(み)ました。夏(なつ)から秋(あき)にかけて、林(はやし)や、花園(はなぞの)にきて遊(あそ)んでいたちょうや、はちや、蛾(が)や、とんぼや、せみが、だんだん寒(さむ)くなるので、船(ふね)に乗(の)って暖(あたた)かな南(みなみ)の国(くに)へ旅立(たびた)つのであります。その中(なか)にもいちばん目立(めだ)って美(うつく)しいのは玉虫(たまむし)のおばさんでありました。紫色(むらさきいろ)の羽織(はおり)をきたおばさんは、船(ふね)に乗(の)ろうとして、
「また、来年(らいねん)まいります。」と、見送(みおく)りにいった春子(はるこ)さんに、にこやかに、お別(わか)れのあいさつをしていました。すると、いつか、もちをふいて逃(に)がしてやった茶色(ちゃいろ)のとんぼが、また玉虫(たまむし)のおばさんの蔭(かげ)から、恥(は)ずかしそうにして春子(はるこ)さんにあいさつをしていたのでありました。



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