第72回-ネコに教わった剣の道

2023-10-16 02:27:0210:58 200
声音简介

むかしむかし、とても腕の立つ侍がいました。 


侍は剣の他に囲碁(いご)が大好きで、毎晩の様に仲間を集めては夜遅くまで碁(ご)をうっています。 


ある晩の事、侍が仲間と碁をうっていると、急に行灯(あんどん)の明かりが消えました。 侍が不思議に思って油皿を調べてみると、油がすっかりなくなっているのです。


「はて。朝まで明かりが持つ様にと、油をたっぷり入れたはずだが」 侍は仕方なく新しい油をついで碁をうち始めましたが、でもしばらくするとまた、明かりが消えてしまったのです。


「これはあやしい。何者かが油をなめに来るに違いない」 そこで侍は明かりをつけたまま、部屋の外から中の様子を見ていました。 するとどこからかイタチほどの(→イタチの体長は、約三十センチ)大きさのネズミが現れて、行灯に入っている油(→ネズミは油が好物で、油で出来た石けんなども食べます)をなめ始めたではありませんか。


「さては、ネズミの仕業であったか」 怒った仲間たちが中へ飛び込もうとするのを押さえて、侍が言いました。「待て、あれほどの古ネズミともなれば、後でどんな仕返しをされるか分からないぞ。ここはわしらが手を出すより、ネコを連れて来た方が良い」


 次の日、侍は隣の家からネコを借りてきました。 そして夜になると行灯の皿にたっぷりと油を入れて、ネズミの現れるのを待ちます。 やがて天井から昨日のネズミが下りて来て、行灯のそばへ近づきました。「それっ! 頼むぞ!」 侍がネコを放すと、ネコは部屋に飛び込んでネズミに飛びかかりました。 


ところがネズミは、ネコの攻撃をなんなくかわしてしまいます。 ネコはネズミをにらみつけると、もう一度ネズミに飛びかかりました。 けれど次の瞬間、何とネズミがネコよりも先に、相手ののど笛を噛み切ったのです。「フギャーーーッ!」 ネコは鋭い叫びをあげて、そのまま死んでしまいました。「奴は化けネズミだ。これでは並のネコでは、とうてい歯が立つまい」 


次の日、侍は近所でもかしこいと評判のネコを借りて来ました。 今度のネコは美しく立派で、その落ち着いた態度はネコとは思えないくらいです。 ネコは自分がここへ連れて来られた理由が分かるらしく、夜になると自分から部屋のすみに隠れてネズミが現れるのを待ちました。 そしてネズミが現れてもすぐには飛び出さず、「ニャオーン」と、小さく鳴きました。 


その声を聞いてネズミは足を止めると、ネコの方に向きなおって身構えます。 ネコも静かに、ネズミをにらんだままです。 二匹がにらみあったまま、長い時間が過ぎました。「一体、どうなるのか」 侍と家の者は、かたずをのんで見守りました。


 やがて我慢が出来なくなったネズミがネコに飛びかかりましたが、ネコは相手をネコパンチで叩き落とすと、一瞬の隙を突いて相手ののど笛に噛みつきました。「チューーーゥ!」 ネズミはそれっきり、ピクリとも動きません。「見事な技よ。あのネコには、剣の心得があるようじゃ」 侍はすっかり感心して、家の者に説明しました。


「勝負とは、常に駆け引きだ。 相手がどんなに弱い相手でも、こちらから仕掛けるのは難しい。 相手が我慢出来ずに襲いかかってくる瞬間にこそ、勝機がある。 


なぜなら、あせった者は力を半分も出し切れないからだ。 これは武芸者(ぶげいしゃ)たる者が、常に考えなくてはいけない事である あのネコには、その事を改めて教えられた」 


ネコに剣の道を教わった侍は、それからネコを思い出しては修行をつみ、やがて誰にも負けない剣道の名人になったそうです。



おしまい



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